小特集　マルタ

　地中海の中央、より詳しく言えばイタリアの南、チュニジアの東、リビアの北に、島国がある。
　外務省ホームページの各国地域情勢によれば、国土面積は316平方キロメートル（淡路島の半分）、人口約41万人（2008年末）。
　小さな国である。
　しかしこの国はすこぶる魅力的であった。

マルタ共和国の位置	マルタ全図
（Google　Earthより）

　私に最初にこの国に対する興味を持たせたのは、塩野七生著『ロードス島攻防記』であった。
　塩野氏の物語歴史絵巻三部作の第二作。キリスト教陣営の尖兵として西地中海は小アジアのすぐ南のロードス島に存在した聖ヨハネ騎士団と、それを追い払おうとするイスラム国家オスマン・トルコの攻防戦を描いた、塩野氏としてはやや小品の、小説仕立ての物語である。
　この作品の巻末で、破れてロードスを去った聖ヨハネ騎士団が次の根拠地としたのは、マルタ。
　若き日にロードス敗北の苦杯を呑んだ騎士ジャン・ド・ラ・ヴァレット・パリゾンは、今度は老齢の騎士団長として、再び攻め寄せてきたトルコに徹底抗戦、ついに撃退する。彼の築いた城塞都市は今でもヴァレッタという名であり、マルタの首都である。

　次に惹かれたのが、カラヴァッジオである。
　塩野氏の諸著作でルネサンス期イタリアの歴史に夢中になった私だが、その関連から美術にも興味を持つようになった。しかし私の好みはルネサンスと言えばただちに思い浮かぶフィレンツェ盛期よりも、その前のシエナ派や後のヴェネツィア派、ローマ・バロックである。
　バロックの巨匠カラヴァッジオはその作風と同様に劇的な人生を送り、殺人を犯してマルタに逃れ、騎士団のために作品を残した。

　塩野氏はいったんルネサンス期からさかのぼり、古代ローマ史の『ローマ人の物語』全１５巻を１５年かけて完結させ、『ローマ亡き後の地中海世界』上下巻でまた元の時代へ戻ってきた。『亡き後』下巻では、『ロードス島』でさらりと触れられていたオスマン・トルコによるマルタの大包囲戦（グレート・シージ）が詳述されている。

　また、それとは別に。
　日露戦争に関する本を読み漁っている際にC・W・ニコル氏の小説『盟約』に行きあたった。英国海軍軍人の家庭に育ったニコル氏が、明治〜大正期の日本海軍軍人を主人公とした小説で、タイトルの盟約とはもちろん日英同盟である。その流れで読んだのが『日本海軍地中海遠征記』で、これはニコル氏の著作ではなく、第一次世界大戦期の史料をニコル氏が編纂刊行したもの。日本海軍が地中海で活躍していたという事実を知る人は日本人にも少ないが、これはそれに従軍した主計士官の戦記である。
　実戦を従軍士官が書いたのであるから勇壮であったり凄惨であったりするのかと思ったら、これが予想に反して軽妙洒脱。笑いを誘うことしばしばで、「軍人が上官の命令で書いた戦記がこんなに笑えていいのか？」とは読んでいる間に何度も思ったことである。
　無論笑うばかりではなく、敵攻撃が継続する中での沈没しつつある輸送船からの乗員救助や、僚艦が敵潜水艦の魚雷により大破して多数の戦死者を出すなどの、緊迫する場面もある。
　その根拠地であったのがマルタであり、戦没者を祀った墓碑は、現在もマルタにある。

　さらにもうひとつ。
　NHKのスペシャルドラマ『坂の上の雲』の、旅順口閉塞作戦のロケ地がマルタであった。
　本物の旅順口は現在中国海軍の軍港だからそこでロケするわけにはいかないにしても、なんでまたそんな遠くで？と思ったら、ヴァレッタ近郊にあるMediterranean Film Studioは、ハリウッド映画などでも利用されている、海戦シーンの撮影設備の整ったところだったのである。

　出来れば行ってみたいなあと思っていた背を左右から押したものがある。

　一方は、塩野氏の『十字軍物語』。キリスト教騎士団が生まれた最大要因、十字軍をテーマに、刊行が始まった所。
　そしてもう一方が平間洋一氏の『第一次世界大戦と日本海軍』である。
　英国が日英同盟を根拠に日本へ欧州派兵を要請した時、陸軍は断ったが海軍は応じた。海軍にも慎重論が多かった中で、派兵を強硬に主張したのが秋山真之であるとはいくつかの本で既に読んでいたが、出典を明らかにした上で書いているのが、私の読んだ中ではこれが初めてだったのである。
　興味をもつ理由がこれだけある上に、かつ、ミーハー真之ファンとしては、もう行くしかないではないか。

　というわけで、旅行記と、参考文献の小特集である。

　末筆ながら。
　三笠保存会事務局長の小山様、ホームページ『桜と錨の海軍砲術学校』オーナーの桜と錨様の御二方に心よりの感謝を。
　小山様は第二特務艦隊に関する記事を多数探してくださり、また、桜と錨様はそのブログの「マルタあれこれ」を参考にさせていただくとともに、桜と錨様がスタッフに名を連ねておいでのNHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』のロケ地についての問い合わせに丁寧にお答えいただきました。
　まことに有難うございました。